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左利きと色覚障害者のためのボドゲレビュー
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オープンゲーム会でのたしなみ
自分自身、まだボードゲームを遊ぶようになってまだ半年強というところだが、苦い思いをしている人の話を聞くので思うところをまとめてみる。
不特定多数が参加するオープンゲーム会に限った話であるがここで言う苦い思いとは以下のようなことを指す。
・○○(ゲーム名)の卓に招かれ楽しめなかった。
・××さんといっしょの卓はちょっと…。

どうしてこういうことが起こるのかと言うと要因は2つあると思う。

1. オープン会へ参加する人の楽しみはそれぞれで、期待するものが異なる。
2. 1を理解していない、あるいは同じだという認識のもとに参加者を募り、卓を作ってしまう。

まず1から。
総じて言えるのはどんな人もボードゲームを楽しむために参加しているという点。ここは間違いない。しかし、楽しみ方は異なる。一例を挙げる。ボードゲームは勝敗、或いは順位が決まるものがほとんどだ。しかしその過程で少なからず会話(コミュニケーション)が発生する。勝負にこだわる楽しみ方をする人もいれば、ボードゲームを介して人とのコミュニケーションを楽しみたい人もいるだろう。そのバランスを取る人もいる。もちろん楽しみ方はこれだけではない。例えば新作に触れたい。自分の好きなゲームを遊んでもらいたいなどもある。各々の比重の置き方は人それぞれだ。参加者はボードゲームを介してその人なりの楽しみを見出し、そしてそれをオープン会へ期待している。

そして2。
1を理解し、配慮できる人は幸せだが、中にはできない(気づけない)人もいる。よくあるのが勝負にこだわるプレイングを重視する人が卓を立て、そうでない人を招いてしまうケース。そして人狼などの正体隠匿系が好みな人がそうでない人を招いてしまうケース。それぞれ卓を立てた人は自分の楽しみを満喫出来て幸せだろうが、招かれた方は必ずしもそうではないこともある。

この件に対し、自分なりに気を付けていることがある。

■「できる」と「楽しめる」は異なる
母国語でルールの説明を受ければ一定以上の理解力があれば誰でも遊べるだろう。しかしそれで楽しいかどうかは別問題だ。将棋や囲碁のルールの説明を受けた直後にプロ棋士とガチ勝負をして楽める人はそう多くはない。駒の動かし方、配置の仕方というルールと勝つための技術は別モノだ。ルールを説明して、さあ勝負を楽しみましょうというのは往々にして卓を立てた者のエゴになりうる。

■卓を囲む前にゲームの概要とおおよそのプレイ時間を伝える
卓を囲む前にあらかじめどんなゲームなのか、プレイ時間はどれくらいかなどを伝えておくとトラブルが少ない。特に重ゲーは長い時間を拘束されたうえに楽しめないではもはや何のためにオープン会へ参加したのか分からなくなってしまう。

■卓の楽しさを追求する。
ここが一番難しいところである。卓を囲んだ、楽しみ方が異なるすべての人を楽しませるにはどうするか。そんなモノはないと思うだろうがそうでもない。卓を囲んだメンツ各々の楽しみを最大限に引き出すことは難しいがその最大公約数を取ることは可能だ(但し容易ではない)。一例を挙げると、将棋の駒落ちがそうだ。実力差がある者同士でもこれでガチ勝負を楽しめる。こういったヴァリアントルールに頼らずとも会話で盛り上げるとかアドバイスしたり求めたり、時にはハウスルールを適用したり、いろいろやりようはある。そしてこの最大公約数を探すのが自分的には結構楽しい。自分なりのゲームの楽しみ方の1つかもしれない。(ゲームに没頭してうまくいかないこともままあるが)。

多くのボードゲームは1人では遊べない(もしくは面白さが半減する)。楽しむために他者の介在が不可欠なわけだから、つまりは他者への配慮を怠らないようにしましょうということだ。そのために自分の楽しみを犠牲にする必要はないが、それ以上に他者の楽しみを損ねてはならない。寧ろ提供する方でいたい。
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